再生医療とは、機能が失われたり欠損した臓器を、細胞を移植することで再建もしくは機能回復させる治療法です。
わたしたち「ヒト」を構成する細胞は37兆個ある、とされています。(以前は60兆個という説が有力でしたが、近年37兆個であるとわかりました)この37兆個すべての細胞は、すべて同じ遺伝子情報を持ちながら、体のそれぞれの場所でその機能に合わせた形に変化(分化)し、組織や器官、臓器を構成しています。
体の中にある細胞(体細胞)の中でも、別の細胞に分化することができ、際限なく増殖・細胞分裂することができる細胞を「幹細胞」と呼びます。この「幹細胞」の能力に着目して、幹細胞がその壊れた臓器に変化することで、その臓器を元に戻そう!という方法が再生医療、特に「幹細胞療法」と呼びます。
近年ニュースでよく耳にする「幹細胞」といえば、受精卵由来の「ES細胞」、体細胞の遺伝子を操作することで幹細胞化する「iPS細胞」があります。以前から知られていたものに、患者さん自身から採取して移植することができる「骨髄幹細胞(MSC)」というものがありました。そして近年になって脂肪細胞にも幹細胞が含まれることが発見され、この脂肪細胞由来の幹細胞を「脂肪幹細胞(ADSC:Adipose-Derived Stem Cell)」と呼びます。
ユニベッツ福岡では、骨折の治療や椎間板ヘルニアの手術後等での治癒促進を目的に、幹細胞治療を行います。その中でも主に、患者さんへの負担がより小さい「脂肪幹細胞療法」を選択しています。
脂肪幹細胞は、脂肪組織の中に含まれます。ADSC療法では、外科的に採取した脂肪組織と特殊な酵素とを反応させ、脂肪幹細胞を分離し、これを培養室で増殖させて、静脈点滴もしくは患部へ直接移植し、自然治癒力を促進することを期待します。
脂肪幹細胞は間葉系幹細胞に分類され、骨・軟骨・筋肉・心筋・血管などに分化する能力を持ち、また外胚葉系細胞である神経細胞にも分化する能力を持っていることが知られています。この脂肪幹細胞を投与すると、サイトカインによる損傷部位の保護や免疫抑制効果、幹細胞の分化により損傷組織の再生や血管の新生による血流の増加などにより、投与しない場合よりも早く治癒する効果があります。
脂肪幹細胞を採取するには、全身麻酔もしくは局所麻酔下にて、また骨折などの別の手術と一緒に採取することも可能です。多くは太ももの付け根あたりの脂肪を採取します。
無菌的に採取された脂肪組織を保存液に入れ、クリーンルームに移動させます。クリーンルームの中で特殊な酵素と反応させ、遠心分離することで脂肪幹細胞が得られます。この脂肪幹細胞を培養液の入ったフラスコに播種し、一定の温度・湿度・二酸化炭素濃度を保った環境で培養させます。5日間ほどでフラスコの底面いっぱいに増殖したら、培養バッグへ継代します。もう5日間ほどでバッグの中で十分増殖できたら、静脈点滴もしくは局所注射にて移植します。バッグで増えた幹細胞の一部を、また新しいバッグに入れて継代することも可能です。さらに、培養が成功して余った幹細胞は、凍結保存して後日必要な時に投与することも出来ます。
体内に移植された脂肪幹細胞は、術創などの損傷部位を再生したり、血管に分化して血流を増加させ、損傷部位の再生に必要な栄養分や酸素を送り届けます。自然治癒で修復されるよりも、その修復される材料が多いため、治癒に至る時間が短くなる、ということです。また、幹細胞投与による、細胞間の情報伝達物質であるサイトカインが放出され、損傷部位の保護効果であったり、自己免疫疾患の場合の免疫抑制効果などが期待できます。自己免疫疾患の治療に効果があれば、それまでのステロイドの量も徐々に減らしていくことができるかもしれません。
これらのことは、患者さんの生活の質(QOL)を維持することに大いに貢献します。治癒が遅れ安静にする期間が伸びると、筋肉や臓器が十分に使われなくなり体内に吸収されて二度と回復しなくなったり、動けないことは肉体的にも精神的にもストレスが積み重なります。人間よりも寿命のサイクルが短い動物たちの1日の重みはとても貴重です。できるだけ早く回復できる方法の一つとして、脂肪幹細胞療法を提案しております。
ユニベッツ福岡では、原則的に患者さん自身の細胞を増殖して移植する、自家移植にて治療を行っています。このためADSC治療における副作用(拒絶反応)はこれまで発生していません。痩せ気味で脂肪組織が採取しにくい患者さんや、採取のための麻酔をかけることができない患者さんのために、-80度で凍結した他家細胞もご用意できている場合があります。他家移植でも変わりなく効果が得られている、という研究報告もあり、同居犬や当院在庫の凍結細胞からの移植もご相談ください。
他にADSC療法のうえでの副作用として、静脈点滴にて投与する場合に、細胞の数が多すぎると嘔吐・吐気・心拍の急激な上昇が見られたり、肺塞栓症が起こる報告があります。これは静脈点滴での投与量を抑える必要があり、体重1kgあたり100万個以下であれば安全とされています。
細胞培養は、専門の技術者が行ったとしても必ず成功するとは限りません。細胞は生き物ですので、培養しても十分に増えない可能性もあります。
また、クリーンルーム内で作業を行っておりますが、構造上完全な無菌状態にすることはできません。できる限り万全の衛生対策は行っておりますが、万が一細菌などの微生物が混入してしまうと、安全性の問題で投与できない状態になります。事前にご了承いただきたく存じます。
12歳 チワワ 避妊メス 体重2.5kg
頸椎の椎間板ヘルニアの疑い。自立することができず寝たきりの状態。自力排尿も困難で膀胱炎を発症。呼吸にも問題あり、頻繁にチアノーゼを呈する。頸椎の疼痛緩和のため、レーザー照射治療。
何か不快なことか痛みなどがあるのか、横になったまま突然鳴き始める様子が頻繁に見られる。力を込めて鳴く反動でチアノーゼを呈することもしばしば。
他院にMRI検査依頼するも、麻酔の安全性を担保しがたいという理由で検査中止。
飼主様の希望により、脂肪幹細胞治療を実施。
局所麻酔にて、右太ももの付け根から脂肪組織採取。全身の脂肪が少ないため、平均よりも大きめに皮下脂肪を採取。採取した脂肪組織から、特殊な酵素を用いて脂肪幹細胞を分離。目視の限りでは、これまでの採取に比べて脂肪幹細胞がやや少ないように感じた。
採取から48時間後にフラスコを洗浄。培地を交換。
フラスコの底面を埋め尽くすコンフルエント状態。幹細胞を酵素で処理し、培養バッグに播種。
バッグ内でサブコンフルエント状態(7割~8割埋め尽くす)。すべて回収すると、21.8×106個あった。肺塞栓症を防ぐために、投与量は1kgあたり106個が上限なので、2.5×106個を点滴で投与。
残りのうち一部を継代バッグに播種し、残りは皮下注射にて頸部に投与した。
自宅にて、自立して2cmほど歩いた、とのこと。
継代バッグもサブコンフルエントとなったため、回収。細胞数は22.6×106個。1回目と同様の量を点滴および皮下注射した。
自立して歩き、自力で排便と排尿した。以前のようにずっと横たわることはなく、座位や腹臥位(うつぶせ)でいることが多い。突然鳴きはじめる様子も見られず、気分よさそうな表情をしている。人の顔をよく見たり、物音がする方向に振り向くようになった。角度が変わると頻繁に出ていたチアノーゼを呈する頻度も随分少なくなった。
自宅で2mほど歩いたとのこと。
自宅の床を歩き回ることができたとのこと。
自立歩行できるようになった。少しなら速足で駆けることもでき、QOLスコアも格段に上昇した。飼主様の満足度も非常に高くいただけた。
再生医療を実施された飼主様からはQOLが改善した、という声をよくうかがいます。他院様での症例報告では、慢性腎臓病(CKD)や免疫介在性貧血(IMT)突発性炎症性腸疾患(IBD)多発性関節炎などに効果があったという報告もあり、将来さまざまな病気に効果があることが期待される治療法です。
ご興味がある方は、まずはお気軽に診察にいらしてください。獣医が実際に症状を診させていただいて、再生医療が適応かどうか、またもっと経済的で効果的な治療方法もご提案できるかと思います。費用に関してなど不安な点がございましたらお電話にてお問い合わせください。
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飼主様からのコメント
ユニベッツさんと再生医療という方法があることを偶然インターネットで知り、はじめはどうかな、やれるだけやってみようかな、という思いでした。長い期間ずっと横たわったままだったのに、元のように元気になってくれてとても喜んでいます。
きっと回復が見込めない状況であきらめている方がたくさんいると思うのですが、再生医療という方法がある!ということを、スーちゃんを通じてたくさんの方に見ていただいて、是非とも治療に挑戦してほしいと思います。